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表紙イメージ
『083(ゼロハチサン)』
うみ やま たいよう
Vol.6
2010年3月1日
下関市発行
表紙イラスト
アジサカコウジ
よそから来た子はかわいい子、
どうすりゃ、おつれになれよかな。

おひるやすみにみていたら、
その子は桜にもたれてた。

 ─金子みすゞ
   「転校生」より
▼テキスト版目次
 
テキスト版へ 2 特集 恋する酒場
テキスト版へ 4 浪速の名コンビ
下関でまるまる2夜のフルコースに酔う
取材・文=井上理津子/団田芳子 撮影=橘野栄二
テキスト版へ 18 野村佐紀子が撮る!
「ふるさとの迷宮」
撮影=野村佐紀子
テキスト版へ 25 物語のある居酒屋
四軒目「いろは酒場」
五軒目「よもぎ亭」
六軒目「おいで」
文・撮影=大野金繁
テキスト版へ 32 これも下関〜酒場の余談
海峡往来、ぶち楽しいハシゴ飲み/コリア情緒を満喫/
昔、「大洋ホエールズ」は下関にいた 他
構成=編集部 写真=橘野栄二/大野金繁
テキスト版へ 36 ツツウラウラ発おたより劇場
テキスト版へ 37 美酒ラン掌説「スローな酒場へ」
作=福田章 イラスト=溝渕可央梨
テキスト版へ 40 次号予告 アンケート リンボウ寸言



特集 恋する酒場

たそがれにこの世のモードが切り替わる時、
歴史ある港町らしいハイカラ・ムードや人々の開放性が輝きを増す。
浪速の名コンビがディープに徘徊して飲み、かつ食べ、はたまた笑い、
このまち出身の個性派写真家・野村佐紀子さんがネオンの粒子を誌面に撒いた。
すっと、くぐった暖簾の奥には、グラスからあふれ出すほどの物語が待っている。
酒場に恋して、酒場で恋をする。舞台は夜の下関―。出逢いのまちを実感!

(写真)下関きっての繁華街・豊前田のふれあい中通りに立つ
「アドレット」のママ・三宅ありささん(撮影=橘野栄二)


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浪速の名コンビ・りっちゃん&団ちゃん
下関でまるまる2夜のフルコースに酔う

日頃は大阪の各方面で鳴らしているベテランライター、井上理津子さんと団田芳子さんが、
念願の下関の夜と相まみえた。代表的ネオン街の豊前田と港町の繁栄をきざむ唐戸。
売れ筋の共著もあり、講演までも共演してボケたりツッコンだりの二人だけに、息もぴったり。
下関の味と酒場の魅力を、絶妙の掛け合いでお届けしよう。

取材・文=井上理津子/団田芳子 撮影=橘野栄二

井上理津子(いのうえ・りつこ)

1955年、奈良市生まれ。フリーライター。『旅行読売』『男の隠れ家』などに寄稿してきた。旅行ペンクラブ会員。団田芳子さんとの共著『大阪名物』(創元社)のほか、『大阪下町酒場列伝』『はじまりは大阪にあり』(以上、ちくま文庫)、『見る聞く食べる!関西の小旅』など著書多数。目下は大阪・飛田遊廓のルポ本を執筆中。

団田芳子(だんだ・よしこ)

1963年、大阪市生まれ。フリーライター。旅・食・酒・大阪をテーマに、食の雑誌『あまから手帖』ほかで、連載・執筆中。NHK文化センターで「関西・旬な美味探訪」講座を担当している。旅行ペンクラブ会員。著書に『小宿あそび』(クリエテMOOK)、『大阪名物』(創元社・共著)など。現在『小宿あそび2』のため、小宿を泊まり歩く日々。

(写真)「ふく処さかい」で正座して記念撮影

第一夜 豊前田コース
「それはクジラで始まった」

井上(以下、井)実は下関、初めてなん。
団田(以下、団)えっ、全国飲み食べ歩きを趣味兼仕事にするオネエサンが? 意外やね。アタシは3度目。けど前回、愛しの晋作さま(※1)の足跡を辿る旅をしにきたのが……もう10年以上も前やわ。
 その時はおいしいもん食べた?
 一応フグを食べたけど、おいしい店が分からんかってさぁ。
 今回はたっぷり情報を仕入れてきたし、案内人さんも来てくれはるし。
 うん、楽しみ!
〈宿に荷物を置くや、たそがれ前の豊前田(ぶぜんだ)に繰り出して、まず直行したのが「下関くじら館」〉
 店名からして、博物館のようなところかと想像してたんやけど。
 いやいや、ええ感じに煮しめた風情のお店やねぇ(笑)。
〈創業30余年の鯨料理専門店にて。早速メニューを広げると〉
 ひゃあ。こっちではオバケのこと、オバイケって言うのね。
 百ひろにまめわた、ふくろ。ふけりにたけりは、子宮に睾丸!?
 さすが、クジラの町。部位(※2)も豊富やね。
 ってオネエサン、下関がクジラの町って知ってたん?
 知らいでかいな。さっき読んだガイドブックに書いてあったわ(笑)。
〈かつて捕鯨基地として栄えた下関は、現在も調査捕鯨船の出港地。クジラは生活に根付いた食文化の一つだったが、今や専門店は数えるほどになったというママの小島康子さんの話に耳を傾けつつ、クジラの盛り合わせをいただく〉
 ベーコン、まめわた、さえずり、ミンクの赤身の生、イワシクジラの赤身はルイベで、真ん中はふくろ。咬むほど旨みがしみ出てくるわ。これが3150円やて!
 大阪にもハリハリ鍋などを出す店があるけど、相当なお値段やもんね。
 和歌山や高知と比べても、ここ、メチャクチャ安いね!
 コロッケとか串カツとか、大衆的な一品もあるのがいいわぁ。
 え、マメはおいしくないって? 店の人がそんなこと言うてええんですか?下関の人って正直やなぁ(笑)。

【※1】高杉晋作(1839〜67)は長州藩の尊王倒幕志士として活躍。下関市吉田の清水山に墓所がある。
【※2】下関でオバイケ、関西でオバケと呼ばれるのは、尻尾の皮をさらしたさらし鯨のこと。百ひろは小腸、まめわたは腎臓、ふくろは胃袋、さえずりは舌を指す。

■下関くじら館

下関市豊前田町2-6-2 083-232-2559 17時〜23時/不定休

「下関くじら館」にて。
(写真)左/本日のクジラの刺身と珍味の盛り合わせ。
(写真)中/手前はクジラ竜田揚げ840円。
(写真)右上/「鯨」の文字にも老舗のいい味が。
(写真)右下/下関くじら館のママ、小島康子さん

(写真)ものさびた感じが居心地がいい「下関くじら館」店内
(写真)クジラの串カツも

〈そこへ、フグとクジラ、ドットに見えたのはウニという、「ご当地ネクタイ」もキュートな案内人、コミュニティエフエム下関(※3)代表取締役・冨永洋一さんが登場。「次は僕の行きつけの店、たぬきにご案内しましょう」と相成った〉
 満員ですやん。人気店なんですね。
 ところでここ何屋さん? パスタに近海の魚に焼き鳥に、居酒屋メニューもてんこもり。
冨永(以下、冨)下関の店は、どこでもメニューが多いんですよ。老若男女みんなにウエルカムな感じじゃないとダメなんですよね。
 うわっ、このタコおいしいっ!
 オネエサン、聞いてる?
 ハハハ。地のタコ旨いでしょ。関門海峡のタコは、速い潮流に流されないように踏ん張るから、手足が太くて旨いんです。
 おおっ、このチャプチェ(※4)旨っ!
 団ちゃん、聞いてる?(笑)
 韓国が近いですからね。この春雨も関釜フェリー(※5)で運ばれてきた本場ものですよ。
 へぇ。大阪にも鶴橋近辺に大きなコリアタウンがあって、私たちにとっても韓国料理はすごく身近なんですが。
 僕ら関っ子には、週末0泊3日で行ける隣り町ですよ。関釜フェリーで行き帰り船中泊して9800円なんてね!
 ひええっ! 外国旅行が1万円切るってスゴイ。
 羨まし〜!

【※3】下関市を拠点とするコミュニティFM放送局で、愛称はCOME ON! FM(カモンエフエム)。周波数は76.4MHz。可聴範囲は下関市南部、山陽小野田市の一部、北九州市門司区・小倉北区の一部など。
【※4】春雨を細切りの牛肉や野菜などとゴマ油で炒めた伝統的な韓国料理。漢字では「雑菜」。
【※5】下関港と韓国・釜山港を結ぶ国際フェリー。下関市の関釜フェリー(株)と韓国側の釜関フェリー(株)との共同運航により、夜行便を毎日1往復就航している。

■炭焼たぬき 鮮魚・創作

下関市細江町1-5-6 083-232-4781 17時〜翌2時/日曜休み

(写真)「たぬき」の入り口
(写真)関っ子の冨永社長(右端)と

「たぬき」にて。
(写真)左/隣町(?)韓国の名物料理チャプチェも本場さながら。
(写真)右/関門海峡に育まれた幸がてんこもりの刺身盛り合わせ

「お嬢さま、関門海峡の夜景をどうぞ」

 次は、関っ子のデートスポットにご案内しましょう。
〈豊前田からぶらぶらと歩いて向かったのは、海峡ゆめタワー。シースルーエレベーターで一気に29階「シーガーデンうさぎ カフェ&バー29」へ〉
 いやぁきれい! 海峡の夜景って独特の風情やねぇ。
 関門橋ってびっくりするほど短いね。九州ってこんなに近いんや。
 吊り橋も可愛いし、街の灯りが上品やわ、大阪と違って(笑)。
 下関は歴史が変わる度にクローズアップされる不思議なところですよ。貴族社会から武家社会に変わる源平の戦いがあり、武家社会から近代社会に変わる明治維新のさきがけになった。これだけ歴史上大きな転換期の舞台になってるところは他にないでしょ。
 いいですね。手放しのお国自慢、大好き。
 それにしても、お二人ともお酒お強いですね。「下関くじら館」でビール、「たぬき」で日本酒とワイン、ここでカクテル3杯ずつ。まだイケますか? それじゃ僕のとっておきへ行きましょう。

■シーガーデンうさぎ カフェ&バー29

下関市豊前田町3-3-1 海峡ゆめタワー29F 083-229-2900 10時30分〜22時30分(タワー入場は21時まで)/不定休

(写真)「シーガーデンうさぎ」ではカクテルがよく似合う
(写真)海峡の夜景が気分を盛りあげる

〈豊前田にとって返して、「EXAS THE BAR(エグザス ザ バー)」へ〉
 あらま、渋い外観。
 中はおおっと、ゴージャスー! 吹き抜けの高い天井にゆったり扇風機、螺旋階段もオシャレ。
 2階がまたいいんですよ。
 大きな革のソファー、贅沢やわ。空間が広いから映えますねぇ。
 暖炉に贅沢なファニチャー。ヨーロッパの書斎のような……これ、どこかで見たことある。そう、リッツ・カールトンのバーやわ!
〈実際、店を開くにあたってリッツ・カールトン大阪のバーを見学に行ったとオーナーの濱田将典さん。福岡のホテルのバーで腕を磨いた後、リビングバー的な店がなかった地元・下関に開店したとか〉
 ここでは、僕の好きなカクテルをまず一杯、飲んでみてください。
 きれいな色。何ですかこれ?
 巨峰のリキュールをベースにピンクグレープフルーツのジュースを加えた冨永スペシャルです(笑)。
 果肉もたっぷり。甘口だけどさっぱりした口当たりでおいしい。
 お代わり!
 オネエサン、いよいよピッチ上がって来たね〜(笑)。
 夜はこれからやん。
 えっ今から?
 冗談です。うちら、笑いの王国から来たもんで(笑)。
〈飲み笑いつつ、豊前田での第一夜は更けてゆきました〉

■EXAS THE BAR

下関市豊前田町2-2-12 083-223-0234 19時〜翌3時/年末年始休み

(写真)右上/「EXAS THE BAR」の洒落た外観。
(写真)右中/吹き抜け2階からのゴージャスな眺め。
(写真)右下/リッツ・カールトン大阪のバーを彷彿とさせる内装。
(写真)左/大人の雰囲気が漂う

第ニ夜 唐戸コース
至福の味にアンコール

〈翌日は、関門海峡の爽やかな海風に吹かれ、かの有名な唐戸市場で買い物を楽しみ、さて夕刻。老舗のフグ仲卸・酒井商店2階の「ふく処さかい」からスタートした〉
 おおおお。遂に本場のフグに出会えた。
 待ってました!って感じやね。私も大好きやけど、団ちゃんのフグ好きはトコトンやもんね。
 そう。最後の晩餐に何食べたい?って聞かれたら、迷わずフグと言う(笑)。
 と、私たちはフグと呼ぶけど、下関ではフクと呼ぶんやてね。
 身を布に巻いて一晩寝かせてから刺し身を引くので「布久」だとか、「福」をもたらすからとか諸説あるらしいけど、なんにせよこっちじゃフク。
 ついでに言うと、大阪じゃフグの毒は“当たると死ぬ”から、フグは鉄砲。だから「てっさ(※6)」「てっちり」と呼ぶけど、こっちじゃ「フク刺し」「フクちり」よね? 郷に入れば郷に従い、フク刺しをいただきましょ。
〈有田焼の大皿に見目麗しく盛られたフク刺しが登場。箸をつける〉
 わお。身がめっちゃしまってる。
 この甘味、旨味。うふふ。
 オネエサン、白子もスゴいよ。
 ほんまほんま。とろける。
 コリコリしてる皮もたまりませ〜ん。
 こんなおいしいものを、下関の人は日常的に食べてるのかな?。
 尾張出身の豊臣秀吉はフグの禁止令を出したけど、解禁令を出したのは長州人・伊藤博文やもんね。下関の料亭で振る舞われて旨かったからなんやて。
 さすが歴史おたく(笑)。よく知ってるね。小林一茶も〈河豚食わぬ奴には見せな不二の山〉なんて句を残してる。フグを食べる勇気もない人に、日本一の富士山を見る資格はないって意味やろけど、フグの味は日本一やて、ほめてる感じもする。
 オネエサンも意外とモノ知り(笑)。
 ほめ合ってどうするねん(笑)。

【※6】てっさは「鉄の刺し身」、てっちりは「鉄のちり鍋」の略。

■酒井商店(ふく処さかい)

下関市中之町7-11 083-231-1470 11時〜22時/不定休/要予約

(写真)まるでアート!な「ふく処さかい」のフグ刺し

「ふく処さかい」にて。
(写真)左/香ばしいひれ酒は熱燗で。
(写真)中/「下関特産の安岡ネギを巻いてどうぞ」と女将の酒井由美子さん。
(写真)右上/専用のポン酢は酸味穏やか。
(写真)右下/昔懐かしい火鉢にもフグの絵が

〈ヒレ酒をちびちびやりながら、早くも至福。フクちりに移行したいのをぐっと我慢したのは、次にアンコウ鍋が待っていたからだ。2軒目は「魚正本陣」〉
 うっ。ぐつぐつ煮えて、いい香り〜。
 丁寧に昆布にかつおの出汁みたい。
 下関も、私たち大阪と同じ北前船文化の町やもんね。(食べ始めて)お〜。この食感。身がプルンプルンやね。
 コラーゲンたっぷり。ふふふ。齢(よわい)50を過ぎると、お肌が一番欲しがるのがこれ、これなのよ。団ちゃんまだ若いけど。
 いやいや、そろそろ必要ですぅ(笑)。うっ。あん肝はまるでフォアグラ。地元のローマ菜(※7)がこれまたおいしい。
 ところで、下関がアンコウの水揚げ日本一って知ってた?。
 知らなかった。そんなアピール届いてなかったよね。
〈下関は、アンコウの水揚げが年平均約600トンと日本一。フクに隠れてありがたがられなかったが、新たな漁場が沖合で見つかったのを機に“下関ブランド”になったと、カウンター前で「吊るし切り(※8)」の見事な包丁さばきを見せていた店主・辻野正太郎さんに聞く〉
 なるほど。それにしてもご主人の手つき、めっちゃ鮮やか! アンコウはヌルヌルなのでまな板の上で捌けないのよね。グロテスクな魚ほど旨いって、私の持論なんだけど、まさに!
 人間もそうだというのが、私の持論(笑)
 何アホなこと言うてるの。オネエサン、ビール飲み過ぎ(笑)。ねえねえ、よく言われる“東のアンコウ、西のフグ”って、あれウソやね。下関はアンコウもフグもたんまり。なかなかやりますな〜。

【※7】下関の地場野菜で、春菊の一種。食感も香りも春菊そっくりだが、葉が大ぶり。イタリアから種が輸入されたことに因んで、名づけられた。
【※8】アンコウの伝統的な解体法。アンコウを吊るして体内に水を入れ、回転させながら捌く。

■魚正本陣

下関市赤間町4-20 083-234-0732 17時〜23時/年末年始休み

「魚正本陣」にて。
(写真)左/黄金色のあぶらがしみ出るあん肝。
(写真)右/関門海峡産の美味満載の手書きメニュー
(写真)「アンコウは口以外すべて食べられるんですよ」と店主・辻野正太郎さん

「ジャズに流れて、カラオケで締める」

〈満腹を抱えて、唐戸の街をゆらゆらと散策する。さすが長い歴史を紡いできた港町。和洋さまざまな飲み屋さんが多いなあ……と呑んべえの血が今宵も騒ぐ。まず吸い込まれたのは、レトロなビルの2階にある「Band Wagon(バンドワゴン)」というジャズバー〉
 見て見て、団ちゃん。マリリン・モンロー、コルトレーン、ナベサダ、レイ・ブラウン、秋吉敏子…。ポートレートにサインがいっぱい。
 ほんまや。すごっ。スクリーンにかかっているのは、店の名と同じ『バンド・ワゴン』。1931年のミュージカル映画やて、フレッド・アステアとシド・チャリシーって美男美女主演の。いい感じ〜
 しかも、マスターも男前。
 もう、オネエサンってば(笑)。何飲もうかな。
 “唐戸ハイボール”で決まり、でしょ。

■Band Wagon

下関市中之町3-19 2F 083-232-1200 19時〜24時/水曜・日祝日休み

(写真)数々の著名ミュージシャンと共演してきた「Band Wagon」のマスター、吉本信行さん
(写真)「Band Wagon」店内をマリリン・モンローも見守る
(写真)聴覚もハートも揺さぶられる真空管アンプ

〈1940年代、50年代の音楽を聴きながらグラスを傾ける。プロ・ミュージシャンでもあるマスター吉本信行さんにウッドベースを奏でてもらったりもして、大いに満足……だったのだが、浪速オンナ的には「最後は、ベタに締めよう」が、暗黙の了解事項。カラオケ・パブ「ラテンクォーター」に足が向くのだった〉
 いやはや昭和郷愁な店やね。チークのカウンターもエンジ色のソファも私のタイプ(笑)。
 そういや、マスターもお客さんもみんな温かそうな目をしてはる〜。
〈モスコー・ミュール、麦焼酎お湯割りをそれぞれ飲みつつ、袖触り合った地元客に「下関、いい街です〜」と話しかけてみる。「そうよ、大陸に一番近い街やし」「映画の舞台にようなるけん」など、またまたストレートなお国自慢を聞くのも楽しい下関の夜のクライマックス〉
 んじゃ、1曲いこっ。中森明菜!。
 あたしは「亜麻色の髪の乙女」島谷ひとみバージョンね〜。
〈1曲が2曲に、2曲が3曲に……。隣客に「下関のご当地ソングないんですかぁ」と振ると「う〜ん残念。ないんだよ」。「じゃあ作ろ」。即興で、「大阪ラプソディー」の替え歌「下関ラプソディー」の出来上がり。「♪あの人もこの人も そぞろ歩く宵の街 どこへ行く二人づれ下関は恋の道〜」事実、宵の下関の街をそぞろ歩いた私たち2人は、すっかり下関の酒場に恋しちゃったのでありました〉

■ラテンクォーター

下関市赤間町2-1 赤間プラザ1F 083-232-9937 19時〜翌1時/水曜休み

(写真)左/「ラテンクォーター」では昭和のムード歌謡を。
(写真)右/この道31年のチーフ清本孝さん
(写真)「ラテンクォーター」には1人でふらっと訪れる地元の常連も多い


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野村佐紀子が撮る!ふるさとの迷宮

独特の表現が人気の写真家、
野村佐紀子さんが再び、
故郷下関に還ってきた。
光と闇の魔術師がとらえた逢魔が時。
その一瞬、
風景に潜む懐かしい本質が
浮かびあがる。

野村佐紀子のプリント暖話

 前回の鉄道特集以来、ちょうど1年ぶりのふるさと下関での撮影。写真に対する思いが、自分の中で変わりかけているタイミングで、たぶんふるさとの見え方も違ってきていて、ふるさとを撮ることと見ることは違う、撮ってみないとわからない、そんなことを考えながらの撮影でした。それに下関にいたのは18歳までで、酒場には出入りしてないでしょ。まったく知らない顔です。下関のその表情に、おそらくかつてのにぎわいはないんでしょうけど、灯りが点る情景はせつなくて、その感じがとてもいい。ちょっと気持ちがブレる瞬間の、その気持ちを写すのが私の写真だと思っているので、今回のテーマは気持ちが揺れまくり。とても楽しいひとときでした。ほかの街に比べて、下関は灯りがあちこちに点在している…そこに胸がキュンとなります。いつか、ふるさとの写真をふるさとの会場で、皆さんに見ていただく機会があればうれしいです。(談)

野村佐紀子(のむら・さきこ)

1967年、山口県下関市生まれ。九州産業大学芸術学部写真学科卒業後、1年間のスタジオ勤務を経て、91年より写真家荒木経惟に師事。主義として弟子をとらない荒木のただひとりの弟子となる。青年やカップルの裸体を中心に独特な写真世界を追求し、国内各地、ヨーロッパやアジアにも撮影範囲を広げる。毎年夏の福岡市での個展をはじめ、各地で精力的に写真展を開催。写真集に『裸ノ時間』(平凡社)、『愛ノ時間』(BPM)、『暗闇』(Akiko Nagasawa Publishing)、『夜間飛行』(リトルモア)ほかがある。

[撮影地]
P18|赤間町
P19|小月駅前
P20|長門町
P21|豊前田町
P22|伊崎町
P23|小月駅前
P24|豊前田町


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物語のある居酒屋

これまで3回の連載で、遠方の読者の方からも好評の「物語のある居酒屋」。
酒場特集を記念して、今回は一挙3軒の暖簾をくぐった。
人や味や風土の向こうに広がる芳醇な物語に酔いしれる。

文・撮影=大野金繁

四軒目 豊前田町 「いろは酒場」

 昭和39年、東京オリンピックの年に大阪に出た。夜汽車に揺られた集団就職、勤めたのは鉄工所。15歳だった。
「貧乏やったけね、3食飯が食えるだけで、うれしかった」
 ぬるめの燗酒が似合いそうな、しんみりとした店主の思い出語り…かと思えば、このオヤジ、客を楽しませずにはいられない質だった。「次に勤めたのが米屋で、米を配達に行った先が寿司屋。クーラー効かせて、職人が昼間っからビールを飲んでいた。こんな気楽な商売はない」と、即日寿司屋に住み変えた理由を、湿っぽさのかけらもない口調で語る。
 以来、趣味のギター片手に関西、関東、岡山を寿司職人として歩き、35年前、ふるさと下関は豊前田の「いろは寿司」のカウンターに落ち着いた。そう、この店、3年前まで寿司屋の看板を揚げていた。長年の業態を居酒屋へと転換した理由は、オヤジの弁では「もっと気楽に飲んでもらうため」、常連に言わせると「オヤジの方が気楽に飲むため」となる。
 なるほど、その手はしばしば容量2リットルのペットボトルをつかみあげる。中には茶割の焼酎。それをコップに移しては飲み、1本飲み上げると閉店。わかりやすいのか、にくいのか、ペットボトルの残量が営業時間の目安となる店だ。
 その量が半分以下になるころ、オヤジのサービス精神はがぜん勢いを増す。頼まれもしないのに似顔絵を描く、壁一面、冷蔵庫の扉にまで描いた自作の絵画の説明をはじめる、自作自演の演歌「銀座の女」のCDを流し、ついにはギターを抱え、一人ひとりの目に語りかけるように、体の角度を変えつつ弾き語る。店主によるオン・ステージ、イン・豊前田だ。
 その合間に写真も見せられる。被写体は、タヌキ。自宅の庭に出没するのを「ポン太」と呼び、餌付けしている。「毎年、子どもを連れて出てくる」が、代が替わっても名前はポン太のまま。襲名するタヌキだ。「でも、塩けが強いもの食べさせたらいけんね。毛が全部抜けて、抜けたらなんの生き物かわからんのよ。びっくりしたよ」。大丈夫か、ポン太?
 人が酒を飲むとき、習慣以外にも理由があるものだが、身体をゆすって笑ううちに、今宵の理由を忘れている。多才にして多趣味のオヤジに当てられたのか、屈託の底が抜け、気分が軽い。
 や、ペットボトルの底もつきかけている。勘定を頼むと、オヤジは酔眼をぎろりと宙に据えた。計算してるようだ。計算しやすいよう、全品一律500円のはずだが、それがこちらの計算と合わない。
 大丈夫か、オヤジ? それとも、オレ?

※店名揮毫は、店主の伊坂信幸さん


五軒目 赤間町 「よもぎ亭」

 路地裏に潜む小さな店だ。
「ここに座るとほっとする」
30代前半と思しき女性客は、そう言い、ビールを注文した。
「なにか食べたい?」
 コの字のカウンターの中から店主が訊く。客は椅子の背後にある冷蔵庫からビールを自分で取りだした。はい、と店主がグラスを置く。その顔と顔の距離以上に、客と店主の間は近しいようだ。
「サトイモの炊いたんと鶏だんごの甘酢あん」店主が、総菜の紹介をはじめる。
〈タカナとベーコンの煮びたし〉〈ゴーヤとコブのチャンプルー〉〈ゴボウとコンニャクの煮もの〉〈魚の子のショウガ煮〉
 ゴボウとコンニャクに反応したひとりが「こういうの、死んだ親父が大好きでさあ」誰に言うでもなくつぶやいた。
 女性客はまだ思案げだ。
「あっさりがいいんな? あ、お豆腐食べり」そう店主が決めつけたところで、「じゃあ、カボチャとおから」と注文が決まる。おかげで一見の客の追加の料理も決まる。女性客が親しげに言う。
「生まれも育ちも下関。でもここで聞く言葉がなつかしい。たとえば、野菜のシゴしとって、なんて頼まれたとき」
 シゴ?
「魚のおなかを開けてきれいにするのも、シゴ」と店主が答える。きれいにする、下ごしらえをする、といった意味らしい。
「手伝いをするは、テゴするち言うんよ」
 話の様子では、客にシゴさせたりテゴさせたりする店のようだ。
 と、店主をはさんだ向かいの客と、まともに目が合う。その客の、死んだ親父さんの好物をさっき知った。
「カウンター同士、近いやろ。だから、みんなに嫌がられる人は自然と来んごとなる」
 常連が作りだす和やかな空気。それは、一見客にとって孤独をよりかきたてられる空気でもある。しかし、孤独と遊ぶのも、打ち解けて和むのも、いずれも居酒屋の醍醐味だ。嫌われて去ることさえ。
 新たに扉を開けた客の顔を見て「あ、サトイモのスープ作るの忘れた」と店主。「カキが入ったら必ず電話してよね」と入れ替わりに言い残す客。見ず知らずの人の好物がよく知れる店ではないか。ひょっとして、和やかさの源は、店主の手料理にあるのかもしれない。 
〈ふるさとの訛りなつかし停車場のひと込みの中にそを聴きにゆく〉
 明治の人、石川啄木の焦燥と孤独を癒したのはふるさとの訛りだった。その癒しと同じ空気がここにもある。
 女性客は、静かに飲み続けている。

※店名揮毫は、店主の吉田亜子さん


六軒目 豊北町神田 <特牛>「おいで」

 スルメイカは回遊する。九州南西岸や東シナ海に生まれ、対馬暖流にのると2カ月後には山陰・北陸沖に現れ、5カ月後、北海道東方沖から千島に達する。水温低下を感知するや今度は南下をはじめ、出発して1年、ふるさとの海底に産卵し、生涯を終える。そのイカを追い、漁師もまた、日本海を回遊する。
 下関市西北部、響灘に口を開ける特牛港には、年が明けると北海道をはじめ、青森、富山、福井県など北からの船が入港する。船上いっぱいに集魚灯をきらめかせたイカ船だ。
「イカのエサは明かり、イカは明かりで釣ると言ってね。いま集魚灯の数は、資源保護と省エネの観点から1隻に52灯と決められている。その電球1灯が3万円。一度に替えると150万円だよ。それでも水揚げに直結するからまめに替える」
 下関市地方卸売市場特牛市場にただ一軒の食堂、「おいで」が店を開いて6年。
店主は、イカ漁と漁師の暮らしにすっかり明るくなった。
 漁師たちは数カ月を港に着けた船内で暮らす。市場には風呂と洗濯場と休憩室が設けられ、そこに付属するこの食堂兼居酒屋は朝7時からの営業だ。
「北海道の漁師は肌の感覚が別。冬でも風呂上がりは上半身裸でビールを飲む。私らは寒いのに、暖房も消す。フグも、彼らはポン酢じゃ食べないよ。必ず味噌。カキの土手鍋みたいにこってりとしたフグ鍋をうまそうにつまむ」
 水揚げのいい日は朝からどんちゃん騒ぎだ。不埒に映っても、朝はイカ漁にとっては夕方。ふだんは自炊の男たちがハメを外して飲み語ると、漁師言葉で彩られた土地土地の訛りを誰も理解できない。
 5月、北の漁師が港を後にすると入れ替わりに南の訛りがやってくる。福岡、佐賀、長崎からのケンサキイカ狙いのイカ船だ。兵庫や島根、鳥取からも集まる。店はさながら、方言を採集する定置網だ。
 店主は、サケのルイベにヒントを得てケンサキイカのルイベを創作した。イカ船の漁師も、これには舌鼓を打つ。陸にいながら、店主もまた、イカとともに生きている。市場の食堂「おいで」が点す灯は、今宵も日本海に向けてまたたき、その漁火に集まるのは「特牛」を迷わず「こっとい」と読める漁師たち。いま、焼酎のキープは400本を越えている。

※店名揮毫は、店主の小西勝重さん



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これも下関 〜酒場の余談

今回特集の取材に編集スタッフが同行した先々で仕入れたエピソードには、
これだから下関は面白いと再認識することが多かった。それをハイライトでお伝えします。

構成=編集部 写真=橘野栄二/大野金繁

海峡往来、ぶち楽しいハシゴ飲み

 ある人によると、下関の男性の中には、まず夕暮れに下関市内で飲み始め、関門連絡船で唐戸桟橋から門司港へ渡って人と会いつつ2軒目、再び連絡船で唐戸へもどり、豊前田あたりで仕上げるという飲み方があるという。本州と九州を一晩で股にかけるとは、何とユニークなワザであることか。それもこれも、海峡を渡る同連絡船の所要時間がたったの5分だからありうる話。ハシゴ派の酒飲みというものは、インターバルが空きすぎると白けてしまう傾向にある。ドアからドアが5分プラスアルファくらいなら、やってしまうだろう。そこで、気になることを突っ込んでみた。
「船に揺られて、酔いがまわって早々と沈没。なんてことにはなりませんか?」
「それがイヤな人は下関駅から電車で小倉まで行く。これでもわずか十数分です」
 その場合、暗い関門トンネルが反省の時間となるのだろうか?

コリア情緒を満喫

 下関郵便局の裏手から北へのびる通称「グリーンモール」は、コリアタウンの趣がある。焼肉がメインの韓国・朝鮮料理屋、マッコリが飲める家庭料理の店、チマチョゴリを売る店などが点在している。下関市は韓国・釜山広域市と姉妹都市。毎年、11月23日(いいプサン)には、通り中が韓国ムード一色になる「リトル釜山フェスタ」がここで開催される。グリーンモールから山陽本線の高架の反対側には、韓国食材などが揃う「長門市場」がある。

タコ焼きのある案内所

 ある程度の規模のネオン街には、飲食店の案内所があるものだが、2007年4月頃から豊前田町2丁目のフラワービル1階にも、「下関無料案内所アゲイン」が開設している。ここが変わっているのは、ただ案内するだけでなく、店内でタコ焼き、お好み焼き、焼き鳥、唐揚げなどを販売していること。あくまでテイクアウト用であり、男心のみやげ心(歓心を買うための?)で成り立っている。
「皆さん、旅先で手頃に楽しい店を求めていらっしゃいますので、そのお手伝いです」と、スタッフの男性。営業は19時〜翌2時、日曜休み。

フグ王国だからヒレ酒王国

 下関の街はフグづくし。おいしいヒレ酒なら、フグ料理店のみならず、一般の居酒屋、さらには駅ホームのうどん屋さんでも飲める。フグのヒレを強火で焦がして容器に入れ、これに熱燗の酒を注ぐ。ヒレの風味が酒に移って香ばしく、「二級酒を特級酒に変える」ともいわれてきた。価格は店によってさまざまだが、とある料理旅館では、1杯2000円なり。値段を確かめずに7杯飲んだ強者がいて、ヒレ酒にも火はつくが、勘定でお尻に火がついたとか、つかなかったとか。

昔、「大洋ホエールズ」は下関にいた

 プロ野球セ・リーグ「横浜ベイスターズ」の前身「大洋ホエールズ」の出発点が下関であったことを知る人は少なくなったのではないだろうか。かつて下関には大洋漁業の本社があり、1950年、プロ野球が2リーグ発足を謳った際、大洋は下関を本拠地としてセ・リーグに加盟した。初年度は8チーム中、5位。その後、関西を経て55年、神奈川県川崎市へ移転した。78年から横浜市に再移転して「横浜大洋ホエールズ」となり、93年から「横浜ベイスターズ」に。そうした歴史から、数年前まで現在の下関球場で公式戦が行われていた。地元の野球通に、オールド・ファンが集まるような店がないかどうかをうかがったところ、「もはや、ソフトバンクファンが多い」との答え。
 ただ98年に38年ぶり2回目のリーグ優勝と日本一を成し遂げた時は、「当店にファンの方が集まって、祝杯をあげました」と「下関くじら館」(6ページ参照)の女将・小島康子さん。二つの港町を結ぶノスタルジーあふれる話だった。

街を歩けば「カラオケ喫茶」に当たる

 下関の街を歩いていて気づくのが「カラオケ喫茶」と打ち出した店の多いこと。喫茶というのだから、当然、昼間から営業している。アルコールもあるが、ランチとカラオケ3曲で1000円、などというシステムの店もある。ドアの外に立ってみると、おおむね年輩客らしい人の歌声が響いてくる。
 ある店で質問した。
「人口に対して、カラオケ屋さんが多すぎるような気がしますが…」
「もともと、芸にこだわりのある都市ということもあるし、スナックのままでは経営難のため手頃な喫茶スタイルに変えたという面もあるでしょう」
 いずれにしろ下関という街は、そこらじゅうを「隠れ歌手」が行き交っていることになる。

謎の流し「キー坊」を追って

 取材中の一夜、唐戸の赤間プラザ付近で、ギターを肩にかけた味のある人物が、カラオケ喫茶の一軒に入っていくのを目撃した。「流し」にちがいない!その店の扉をあけると、ギターの男性は歌手とも素人とも違う唱法で歌い始めていた。3曲歌って、一人の客からお札1枚受け取り、そそくさと消えた。記者も客になり、店のマスターに確かめた。
「今の人は?」
「下関に残っている唯一の流しの方で、みんなに“キー坊”と呼ばれています」
 カラオケの向こうを張って、今も流しが生き残っている下関。いやはや、懐の深いまちである。

モーニングのある「居茶珈屋」

 「二次会は居酒屋だ」と言われて着いた先が、唐戸にある喫茶店の「居茶珈屋」。「34年前の開店当時は、そうやって名前を覚えてもらいました」と、マスターの沼真治さん。その頃、まだ街の喫茶店は全盛期。携帯電話もなく、喫茶店は格好の待ち合わせ場所だった。中にはコーヒーのお代わりを重ねたあげく、ついに相手は現れず、ヤケ酒を飲みに本物の居酒屋へ、という逆コースもあっただろう。喫茶店だけに茶目っ気のあるネーミングのこの店、朝8時からのモーニングが、地元唐戸の常連客やホテルの宿泊客に重宝されている。


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ツツウラウラ発 おたより劇場

 昼ドラの主人公のような、美人だけれどひとクセある女性のイラストが目に入り、気になって、初めて持ち帰りました。下関へは何度か観光に行きましたが、まだ温泉には行ったことがありません。最近腰の調子がよくない父と元から温泉好きの母と、楽しく読み、心和む風景に癒されました。
(28歳 女性 福岡市博多区)

 初めて読みました! 夫と「温泉に行きたいね」と話していた時に見つけて、勝手に「運命!」って感じました(笑)。無料なのに読み応えがあり、写真もきれい。旅行好きな祖母にも、1冊あげときます。
(24歳 女性 福岡県川崎町)

 私の祖母が住んでいる下関。何度も行っている場所なのに『083』が映しだす下関は、私の知る下関とは違う奥深さを教えてくれます。下関がますます大好きになりました。俳句もやろうと思います。
(25歳 女性 広島市安佐南区)

 俳句大会で知り合った山口の方から貴誌「温泉ハイク」特集を送っていただきました。黛まどかさんの俳句は清らかでいいですね。紀行文も明るく、下関のことがよくわかりました。ぜひ機会をつくって、行ってみたいと思います。
(36歳 女性 東京都町田市)

 表紙のイラストはとっても上手なんですけど、寒そうで雪の中に入っているように見えて、サスペンスドラマみたいな感じがします。暗すぎ。もっとほのぼのとした明るくて元気なイラストの方が中を見てみたくなると思いました。
(51歳 女性 大阪市平野区)

 最近、写真というものに興味をもち、近くにある物を撮るようになりました。風景を撮るのも難しいですが、料理をおいしそうに撮るのは、もっと難しいです。「ふるさとの味」は、今にも食べれそうなくらいステキな写真ですね。
(37歳 女性 岡山県早島町)

 初めて手に取りました。最初は年輩向きの難しい内容かと思いましたが、読んでみてとても楽しく、脳が喜ぶ時間を過ごすことができました。一冊の中で多くの世界観にひたれて、よかった。居酒屋での物語、人間は一人じゃないんだって、共感させられました。
(36歳 女性 鹿児島県薩摩川内市)

 プロの美しい俳句に少々緊張して読んでましたが、「HOTに楽しむ俳句入門」で我に帰り、リラックス! この差が何ともいえない! やはり私は福田さん寄りだと気がついた。一度お会いしたい人ですね〜! なお、まだまだいい温泉もありますよ。
(59歳 女性 下関市)

 山頭火の句、いつどの句を見ても人生の哀楽をおぼえて、懐かしい気持ちになる。黛さんの句、女性らしく細部にわたって観察し、吟味し、余韻が深い。田上菊舎尼の跡を訪ねるエッセイも楽しく読ませていただいた。
(84歳 男性 山口市)

 ふと立ち寄った有楽町の物産館で入手。へえ〜、よく出来てる雑誌じゃん。この雑誌をつくっている舞台の下関という街に、特に目的もなく出かけてみたくなった。楠の緑がまぶしく美しい季節に。
(59歳 男性 東京都大田区)

 先日、初めて下関へ。1日だけでしたがお魚がおいしくて、見どころいっぱいの素敵な街でした。手に取った『083』の写真と文章が優雅で、穏やかな気分になりました。俳句は小学校の授業以来、離れてますが、形式にこだわらず自分の言葉でチャレンジしようと思えました。 きっと、つくります。
(28歳 女性 愛知県豊田市)

 ドライブでたびたび下関を訪れていましたが、『083』は初めて知りました。林望さんの文章は美しく男性的ですてきでした。関門海峡がイスタンブールを彷彿させるだなんて、うっとりします。次号も楽しみです。
(34歳 女性 福岡市博多区)


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美酒ラン掌説 スローな酒場へ

作=福田章 イラスト=溝渕可央梨

 トラベルライターの河豚丸が、下関駅から乗ったタクシーの運転手に告げる。
「たぶん岬之町(はなのちょう)というあたりです。左右に大きなガソリンスタンドがあって、手前を左に入って奥の方に向かったところだそうです。下関でも格別に安いホテルで、携帯電話がつながらない部屋なら三千六百円とかなんとか」
「ああ、あのへんは“三百目(さんびゃくめ)”っていうんですよ」
「三百目?」
「その名前のバス停がありますよ」
「三百目かぁ。それを知ったが百年目という感じですね」
「ここでしょう?」
 河豚丸は携帯のつながらない部屋を予約していた。仕事で来ているのにそうしてしまうのは、旅先の宿はほんの短時間寝れさえすればよくて、節約したお金を飲食に使った方がましだと考える、エンゲル係数の高いライターだからである。特に今回は、とある旅行雑誌から、この街のユニークな酒場を探して、覆面取材というか、自由に飲食してレポートせよという依頼を受けていた。
 さっそく荷物をベッドに放り出し、カメラだけ下げ、鍵をフロントに預けて、外に出た。さっきタクシーが左折した直後、右側にあった大衆食堂が気になっていた。
 潮風を感じながら海岸に向かって三分も歩くと、その店の前にたどり着いた。

《馬関食堂》

 どうということのない平凡な店構えで、左隣りにカラオケ酒場がある。見かけはどうということはなくても、入ってみると何かが始まるということは旅先ではよくあることで、この店もそうだった。
 人のよさそうな丸顔の女将にビールと餃子を注文し、さらに焼酎のお湯割りとおでんをお願いした。しばらく経ってお湯割りをお代わりする際、ちゃんぽんを頼むかどうか迷っていたら、女将が意外なことを言った。
「お客さん、歌われませんか?」
「いつですか。今?」
「はい、どうぞ。向こうへ」
 別々だと思っていた食堂とカラオケ酒場、実は中でつながっていた。人体にたとえれば、食道と声帯がつながっているようなものだ。女将によると、両方楽しみたい客は、忙しく行ったり来たりしなくても、初めからカラオケにデンと腰を据えて、壁向こうから料理を持ってきてもらうこともできる。この、「ゆるさ」がたまらない。そうしたゆるさこそ、河豚丸の旅の琴線をそよがせるものだった。
「スローな港町」という言葉が思い浮かんだ。
 カウンター内には、女将とは別に、雇われママのような人がいる。先客は四人ほど。その中の一人は、腕っぷしが、めっぽう強そうだ。二の腕は丸太ん棒の趣。
 河豚丸も歌うことが、ただしゃべるよりも好きな方なので、初めての店でも遠慮なく、持ち歌をリクエストした。裏声も使った(気の合う友人に「オマエ、それで裏声入学したクチだろう?」とギャグにされたことがある)。今ここに運命のように同席している客たちが互いに数曲ずつ歌った後、丸太の客から上機嫌に質問された。
「そっちの兄ちゃんも、夜逃げしてきたんかい?」
「はぁ、まあ。そんなとこです」
 河豚丸自身、説明のつかない返事をしていた。焼酎の伴奏でマイクにまたがり、アルコールの水平線を超えた結果、それ以外の答えはないような気持ちになったというしかない。すると、丸太の客はますます上機嫌に言った。
「な〜んも心配せんでええ。み〜んな似たようなもんやけぇ」
「はぁ、ありがとうございます。よろしくお願いします」
 何がよろしくなのか、自分でもよくわからなかった河豚丸だが、水平線超え思考の只中にある身、今は丸太の客の言葉を、いかようにも拡大解釈できた。生きてあることは母親の胎内から夜逃げしてきたようなもので、死にゆくこともまた然りなのだと。そうであるなら、港町へ取材旅行に訪れることくらいは、プチ夜逃げの最たるものだと信じられてきた。翌朝、ホテル付近の道路で丸太の客がしおらしく小犬と散歩しているのを目撃した時は確信が少しぐらついたものの、前夜の真実の方が勝った。
 さてはこんどのレポートには、この街のそこかしこに漂うこうした人情味をありのまま伝えればよいのではないか。そう判断してからの河豚丸の取材方法は少し変わって、なかばこの街の住民のようだった。明治維新のふるさと長府では名刹・功山寺や乃木神社への道すがら、好きな猫グッズの店を冷やかしたり、いくら五十路坂で最近老眼気味とはいえ旅先ではあまり無用なはずの眼鏡屋さんに立ち寄る。眼鏡屋でフレームの下調べでもしている雰囲気をまとっていると、眼鏡をかけた店長らしき痩身の人物が気さくに話しかけてきた。
 街のすべてを知り尽くしている人だった。河豚丸と年齢も同じで、そうとわかってからは持病の話になり、付近の整骨院まで紹介されかけたが、それはメモするにとどめた。
「お酒飲めば一瞬、治りますから」
「どんな店をお探しですか?」
「まだ明るいですが、どうやら下関にはカラオケ喫茶がむちゃくちゃ多いですよね」
「長府にもありますよ。若い女の人がやってましてね」
 維新の石碑から近いその店は、年輩客らでにぎわっていた。店内は清潔で、三十代くらいの美しい女性が、一見の河豚丸にもやさしく注文を聞いてきた。
「歌われたい歌は、この紙に書いてください」
 オーナーに見とれながら、気分よく数曲歌う。負けないくらい気分よく高音で歌っていた女性にデュエットを所望された。
「『銀座の恋の物語』、お願いね。この歌がいちばん好きなの」
 旅先で一世一代のデュエットと思いなした河豚丸、三番を〈♪長府の恋の物語〉と結んだ。歌い終えて語らうと、お相手は昭和九年生まれ。自分よりちょうど二回り上だった。
「あら、じゃあ、あなたも戌年ねっ」
 この親近感も悪くない。自分もスローに加齢していけそうな気がして。
 この日は小月駅前からバスに乗り、北郊の山あいの温泉地にある湯治旅館に泊った。夕食は大広間で他の客らといっしょだ。既にみんな、一杯入っている。
 ここにもカラオケ機が常備してある。悪くない予感的中。広間中に響きわたる大音量でもって、浴衣の老老男女たちがグループごとに代わる代わる歌い始めた。河豚丸は一人だが、ここは一念発起して歌った。曲は、この場に合わせて「高原の宿」(歌手の林伊佐緒は下関出身)。
 お義理の拍手をもらいながら、さっき入った温泉以上に、このゆるさと懐かしさに、ここでは若い自分の方が癒されていると感じた。感謝の気持ちからおのずと、大先輩たちが歌う曲を予約したり、キーを調節してあげたりした。
 食後の入浴や翌日の朝食まで、馴染みとなった人たちと顔を合わせる時の笑顔。河豚丸は、それを言葉に変換したようなレポートを書こうと考えつつ、自腹を切って延泊することにした。この宿で原稿を入力しはじめるつもりだ。


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次号予告 アンケート リンボウ寸言

次号予告

龍馬とお龍が暮らした街



編集後記

 前号までの『083』は、副題の「うみ やま たいよう」に象徴される鮮やかな青・緑・赤の色をふんだんに散りばめた誌面で、下関の魅力を発信してきました。しかし、今号にはこの三色は皆無と言っていいほど。鈍く光る夜の光もまた、我が街の違った一面を照らし出してくれました。たくさんの色を混ぜれば混ぜるほど濃くなる絵の具のように、酒場から漏れる光には下関のいろんな色が混じっているのでした。(Y)

 毎年11月23日は、JR下関駅前の商店街「グリーンモール」で「リトル釜山フェスタ」が開かれる。海峡を挟んだ隣町の路地が飛び移ってきたかのように、通りに露天の店がにぎやかに出店し、あたりは異国の匂いに包まれる。そんなお祭りの最中、チヂミを肴に缶ビールを飲み、気ままに路地を徘徊するうち、ここにも、あ、またここにも、と立ち飲みの店を発見。なんということか、酒場特集でロケハンを重ねたはずなのに、基本の店を見逃していた。酔わなくては仕事にならないが、酔いすぎたのはまずかった。悔しいな。しかし、これもまた下関の深さかもしれない、とほろ酔いで気づいた次第です。(O)

 創刊号の編集後記に、〈(下関には)風情と活気のある居酒屋が点在しているのも気に入りました〉と書きました。足かけ3年通いつめて、その思いはますます深くなり、今回の特集に発展。胃薬を友に、何日も滞在しながら夜だけ活動し、五木寛之『海峡物語』の「演歌の竜」(古い!)のような気分でした。まだまだ掲載しきれなかった魅力的な店がたくさんあります。やはりお店は、「人」の魅力が大きいようです。惹きつけるオーナーと引き立てあうお客。刹那、そこにはコンパクトな宇宙が形成されています。下関の宇宙は、心地よく酔いが回るのでした。(F)



下関の情報を航空機内で 本誌『083(ゼロハチサン)』を配布

 本誌『083』の配布が、北九州空港と東京羽田空港を結ぶスターフライヤー便の機内で本年1月から始まりました。
 北九州空港を発着する航空便は、東京便が3社で1日15往復と、国内定期路線では最も朝早く飛び立ち、最も夜遅く終着をむかえる路線として関門・北九州地域の観光、ビジネスの足となっています。
 また、下関市内から北九州空港までは、連絡バスや乗合いタクシーが運行されており、関東方面から下関市を訪れる観光客やビジネス客にとってその利便性が高まっています。
 龍馬ゆかりの地として観光に力を入れる下関市では、自然、歴史、文化をはじめとするすばらしい地域資源をひとりでも多くの方に知っていただくため、(株)スターフライヤーの協力を得て、同社の北九州・東京羽田線の機内で本誌『083』を乗客に配布することとなり、本年1月からスタートしました。
 『083』は北九州市発行の情報誌『雲のうえ』とあわせて、キャビンアテンダントの笑顔とともに配布され、下関市を訪れる観光客、ビジネス客に大変喜ばれています。



リンボウ寸言『美味佳肴の幸うところ』

林 望
 わが『083』も、つつがなく第6号を世に送ることになった。今回は、呑み助の諸賢には、またとない特集である。実は、私自身は、まるっきりの醇乎たる下戸ゆえ、酒の味も酒場の楽しさも一向に理解しない野暮天であるが、しかし、それにしても、この下関というところは河豚ばかりでない、いわゆる山海の美味豊かなる土地、食いしん坊の金城湯池というお国柄である。酒を好まれる方はもとより、下戸の方々も、これらの美味佳肴を味わうためだけでも、ここに足を運ばれる価値がある。



アンケート

 『083』は今これを手に取られたあなたのための情報誌です。つねに深い眼差しを心がけて、皆さまの役に立つ情報を、ワンテーマ方式で下関市から発信してまいります。第6号についてのご感想、及び今後特集してほしいテーマやとっておきのお知らせなどを、綴じ込みハガキでお寄せください。

083 ゼロ ハチ サン うみ やま たいよう VOL.6

2010年3月1日発行
編集人=福田章 ディレクター=大野金繁 アート・ディレクター=宮崎陽子
写真=橘野栄二 編集委員=林 望
発行=下関市 〒750-8521 山口県下関市南部町1番1号 TEL:083-231-2951(総合政策部広報広聴課)
制作統括=(株)電通九州 印刷=凸版印刷(株) 協力=下関市の皆さん
アドバイザー
 下関フィルム・コミッション 常任委員長 冨永洋一
 九州芸術学館山口校 代表 伊東丈年

○バックナンバーのご希望は、下関市までお問い合わせを。
 創刊号、第2号、第3号は在庫切れです。
 TEL:083-231-2951(総合政策部広報広聴課)
○下関市ホームページからも電子ブックで『083』が読めます。
 http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/083/

本誌記事・写真・イラストの無断転載を禁じます。


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