明治34年(1901)、神戸・下関間を結ぶ山陽鉄道が開通し、釜山などへの渡航場所と接していた下関駅周辺(現在の細江地区)は、大陸に向かう玄関口として賑わいを見せていました。山陽ホテルはこの鉄道開通の翌年、渡航者のための宿泊所、日本初のステーションホテルとして開業しました。ホテルとしての格の高さはかなりのもので、戦前は大陸へ渡航する皇族や政府高官は必ずここに宿泊し、ベーブ・ルースやヘレン・ケラーなど財界の要人も数多く利用しました。
大正11年の火災により焼失した後、建設されたのが現在の建物です。設計は、赤レンガの東京駅(大正3年)の設計者として知られる辰野金吾が率い、当時第一級にランクされた辰野葛西建築事務所が担当しました。
外観は近代感覚あふれるものとなっていますが、アーチ型の窓は様式の厳しさをたたえ、タイル壁の微妙な凹凸は手法の確かさをしのばせています。1階車寄せのひさしを支える鉄柱はコリント式ですが、その中に古典様式を引き写しています。建物は現在、貸事務所(広成建設山口支店)として使用されており、内部はかなり改修されていますが、玄関の大理石階段、エレベーターシャフト回りのテラコッタなど、細部に優れた意匠が見られます。
昭和17年(1942)関門鉄道トンネルの完成により下関駅が現在の位置に移転したことに伴い、その役割を終えました。その後、施設の老朽化が進み、危険であるため、平成23年3月に解体いたしました。
【概要】
建築:1923年(大正12年)
設計:辰野葛西建築事務所
構造:鉄筋コンクリート造地上3階、地下1階
下関市細江町3-2-7
JR下関駅からバス2分「細江町」下車、徒歩2分
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